【アートポスターの歴史】:アルフォンス・ミュシャ
『ミュシャ』の
\ おしゃれなアート /



人物画のイメージがあるから、
インテリア的にはクラシック時代の人ってこと?

惜しい!!!!
ミュシャはインテリアのカンブリア紀!!

アール・ヌーヴォー時代に活躍した人物ですよ!!
『ミュシャ』の
\ おしゃれなアート /



なんかミュシャの絵って、
オタク的に落ち着くと言いますか。

ときどきアニメとかでも、
ミュシャっぽい絵を見かけると言いますか。

わかる。

軽く知っといたほうが良い気がしましてな。
カンタンに教えてくんない?

素晴らしい!!
アルフォンス・ミュシャ
▼『パレットを持った自画像』▼


インテリアの歴史は、
興味が湧かないテーマも多いですからね!!

関心のあるところから、
少しずつ知っていくのはとても良いと思いますよ!!

さりげないディス!!

本日のお題は、
画家アルフォンス・ミュシャ!!

彼はいったい、何をした人物なのでしょうか?
《関連記事》
【ミュシャが活躍した時代】:産業革命とカンブリア紀
何者なんだ
\ 『ミュシャ』 /



ミュシャが活躍したのは、
どんな時代だったのでしょうか?

カンブリア紀って言ってましたな。

インテリアのカンブリア紀というのは、
『産業革命』によって起こった社会の変革期なので、

産業革命の技術がある時代である、
……というのが大前提になりますよ。
インテリアの
▼『カンブリア紀』▼



まずは交通革命。

大型蒸気船などの普及によって、
モノや情報の移動がカンタンかつ活発になりました。

ほいほい。

そして印刷技術の向上も目覚ましいです。

『美術文芸雑誌』も生まれて、
デザインの伝播に寄与しましたよ。
アルフォンス・ミュシャ
▼『鉄道会社』の宣伝ポスター▼



そして象徴的なのが万博です。

この時代には、
『世界各国がお互いに』
『新技術の見せっこをする』
……万博がもうあったんですよ。

万博!!!!

インテリアのカンブリア紀というのは、
『1850年頃~1950年頃』を指してるんだけど、

1851年に『第一回ロンドン万博』があったので、
カンブリア紀はまさに万博の時代でもありますよ。
ミュシャが描いた、
▼『1900年パリ万博』のカタログ表紙▼

『ミュシャの作品』が
▼展示されたパビリオン▼


交通革命があって、
印刷技術が上がって、
万博が盛り上がった、

それはようするにどんな世界だったのか?

フムフム?

アール・ヌーヴォー時代の大きな特徴、

それは、
スタイルが国境を越えることです。
アルフォンス・ミュシャ
▼『パリ万博のポスター』▼



アール・ヌーヴォーは、
時代の流れにのって世界中に伝播しました。

だから世界各地に、
その国なりの『アール・ヌーヴォーをあらわす様式名』がたくさんあったりします。

『アート作品』も、
『デザインについての情報』も、
国を超えて伝わりやすくなった時代なんでしょうな

オーストリアのアール・ヌーヴォーは
『ゼツェッション』と呼ばれているし、
ドイツのアール・ヌーヴォーは
『ユーゲントシュティール』と呼ばれているし、
スペインのアール・ヌーヴォーは
『モデルニスモ』と呼ばれています。

サグラダ・ファミリアのガウディは、
スペイン版アール・ヌーヴォーのモデルニスモですよ。
ガウディは
▼『スペイン版アール・ヌーヴォー』▼




100年単位の歴史を持つ、
『クラシック様式』も国境を超えはしてたんだけど!!

20年くらいの流行だった、
『アール・ヌーヴォー』がこんなに広がったのはやっぱりすごいことなのよ。

スパンがぜんぜん違いますな。

まさにそんな時代!!
スタイルが国境を越えられる社会で!!

活躍したのが、
ミスター・アール・ヌーヴォー『アルフォンス・ミュシャ』なのでした。
▼参考文献▼

【雑誌の刊行ブーム】
”アール・ヌーヴォー時代のフランスでは雑誌の刊行が活況を呈し、新刊雑誌の創刊も相次いだ。”
”1889年には1747件の雑誌が、1892年には2161件の雑誌が発行されたという。”
※※※
引用元
【もっと知りたい アール・ヌーヴォー】
『第3章 フランス』
p34より
▼参考文献▼

【一般大衆向けの量産本】
”フランスでは、19世紀に入ってから、愛書家の団体がしだいに要求を高めてゆき、製紙技術や印刷・製本の水準を高めるように働きかけた。”
”工芸家の注文で限定版の豪華本がつくられる一方、それと平行して一般大衆向けに量産するふつうの本、いわゆる「数物(かずもの)製本」が世に送りだされた。”
※※※
引用元
【アール・ヌーヴォー: 世紀末に生まれた空前の美術状況】
『第8章 グラフィック』
p112より
《関連記事》
【ミュシャが活躍した発端】:女優サラ・ベルナール
世界に広がる
\ ミュシャワールド /



そんなこんなで、
国境を越えて広がったアール・ヌーヴォーが、

一番大きく花開いたのがフランスです。

アール・ヌーヴォーって、
イギリスで生まれてフランスで開花したんや。

フランスは当時、
世界をリードしている『イケてる国』だったのですが、

画家アルフォンス・ミュシャが
活躍したのがまさにこのフランスなのですよ。
ミュシャがやって来たのは
\ 『フランス』 /



大都会パリへとやってきた、
成功を夢見る『無名の画家』の一人、

それがミュシャでした。

最初から有名人だったわけではないのね。

彼はすご~く貧乏だったため、
雑誌の挿し絵とかを描くアルバイトをしながら、

何とか生活費を稼いでいたところ!!
大女優
▼『サラ・ベルナール』▼



1894年のクリスマス!!
大女優サラ・ベルナールが!!

自身の演じる、
『舞台の宣伝ポスター』の作り手を探しておりました。

おお、チャンス!!

ちょうどそのとき、
クリスマスに暇してるような……、

売れないデザイナーは、
ミュシャしか残ってなかったので受注&即対応。
『ポール・ベルトン』が描いた
▼女優サラ・ベルナール▼



このときにミュシャは、
アール・ヌーヴォー感たっぷりな、

いかにもミュシャっぽいポスターを作り上げたのですが。

ああ、
すでにミュシャの画風だったんですな。

これがもう大バズり。

ポスターがパリに貼り出されるやいなや、
空前絶後の大評判になりました。
『ミュシャが描いた』
▼サラ・ベルナール▼



女優サラ・ベルナールも
ミュシャのポスターを大変気に入り、

以降のポスターも、
たくさんミュシャに依頼することにしましたよ。

シンデレラストーリーやんけ!!

まさにその通り、
無名の画家が一夜にして大スターになったのです。
『ミュシャが描いた』
▼サラ・ベルナール▼



さらに、
女優サラ・ベルナールはミュシャと契約して、

彼のポスターを、
1000枚単位で大量生産することにしました。

ホウホウ?

彼女はミュシャのポスターを
舞台の宣伝として使うだけでなく、

ポスターそのものを、
『一般販売』して莫大な利益を上げたんですよね。
『ミュシャが描いた』
▼サラ・ベルナール▼



……そう、
彼女の商才のおかげで、

お客さんはミュシャのポスターを、
持って帰って自分のお部屋に飾れたのです。

アニメグッズみたいやんけ!!

これはミュシャデザインの普及にも
大きな影響を与えましたし、

庶民が個人所有できるという意味で、
『アートの民主化』にも貢献しましたよ。
▼参考文献▼

【アートの民主化】
”彼がリトグラフという大量印刷が可能な技法にこだわったひとつの理由は、それにより作品が一般の人々にも求めやすくなるからであった。”
(中略)
”壁にかける装飾版画は手頃な値段で誰にでも買え、一般市民や庶民の家庭にも浸透した。私が目指したのは富裕層のための芸術ではなく、民衆に親しまれる芸術であった”
※※※
引用元
【もっと知りたい ミュシャ】
『港の芸術、民衆の芸術』
p58~59より
《関連記事》
【ミュシャの活動の特徴】:大量生産のポスターアート
サラ・ベルナール
▼『舞台メデア』のポスター▼



ですので、
普通は歴史上のアーティストって、

『一点物の絵画』を描いたり、
『一点物の彫刻』を作ったり、
……そんな活動をしてるイメージがあるけども。

そうだよねえ。

だけどアルフォンス・ミュシャはそうではなくて、

大量生産による、
『印刷したポスター』で一世を風靡した人なんですよ。

時代だなあ!!
サラ・ベルナール
▼『舞台ハムレット』のポスター▼



ミュシャは、
『自然モチーフ』
『女性モチーフ』
『フリーハンド曲線』などなど……、

アール・ヌーヴォーらしさを
いかんなく発揮させたアートを描いていたんだけど。

ほいほい、さっきも言ってましたな。

そんなアートが、
ポスターとして街に貼り出されたり
ポスターとして売り出されたりしたからこそ、

ミュシャの良さも、
アール・ヌーヴォーの良さも、
『一般市民』にまで広く伝わりやすかったという側面がありますよ。
サラ・ベルナール
▼『舞台ロレンザッチオ』のポスター▼



ミュシャは、
女優サラ・ベルナール以外のお仕事でも、

『香水』のポスター、
『ビール』のポスター、
『たばこの巻紙』のポスター、
『自転車』のポスターと、
……いろんな販促ポスターを作っております。

すごいバラエティ!!!

これらポスターの特徴として、
大量生産で作られた印刷物というだけでなく、

どれも商品宣伝のための、
『コマーシャル・アート』なのだという点が挙げられます。
アルフォンス・ミュシャ
▼『香水』の宣伝ポスター▼

アルフォンス・ミュシャ
▼『ビール』の宣伝ポスター▼

アルフォンス・ミュシャ
▼『たばこの巻紙』の宣伝ポスター▼

アルフォンス・ミュシャ
▼『自転車』の宣伝ポスター▼


ミュシャの作品には、
アール・ヌーヴォーらしさだけでなく、

『ミュシャならではの独特の作風』
……を感じる方が多いと思うのですが。

感じる感じる。

彼はコマーシャル・アートの作家だから、

『商品を写実的に』描くよりも、
『幻想的な良い印象を』描くような、
……イメージ戦略を意識した絵を描いたんですよね。
子供のお菓子ではなく、
『イケてる大人の食べ物』なのだと伝える
▼ビスケットの広告▼


この影響は、
ポスター以外の作品にもあらわれてまして。

どんなの?

例えば『四季』をモチーフにした
イラストパネルなんかも販売してたんだけど。

そこに描かれたのも、
『季節ごとに暮らしてる女性』ではなく、
『季節を擬人化した女性』みたいな、
……イメージ重視のアートでしたよ。
『現実味のない』
▼季節モチーフの女性▼





ミュシャって、
女の子の絵ばっかり描いてて、
自宅に飾れるポスターを売ってて、
写実的よりも幻想的なイラストが大好きで、
擬人化も嗜んでたんだぁ~~。

オタクの先祖じゃん!!

そのあたりが、
『我々にも親しみやすい画風』の一因なのかもね!!
▼参考文献▼

【ポスター作家ミュシャ】
”ミュシャは一生をほとんどポスター作家として過ごし、ポスターのスタイルに独自の類似性をつくって人気を博した。”
”それは縦長の優美な画面にたいてい一人の女性の全身像を描き、全体はいくつかのシンプルなフォルムで構成すると同時に、複雑に入りくんだパターンで表面を飾るというものだった。”
※※※
引用元
【アール・ヌーヴォー: 世紀末に生まれた空前の美術状況】
『第8章 グラフィック』
p116より
▼参考文献▼

【幻想的な作風】
”グラッセの女性たちが、季節にふさわしい装いをしているとはいうものの、あくまで「庭師」で、現実の女性であるのに対し、ミュシャの女性たちは、むしろそれぞれの季節の擬人像というべきで、あまり実在感がなく、観念的な存在として描かれているといえるだろう。”
※※※
引用元
【もっと知りたい ミュシャ】
『四季』
p10より
【アール・ヌーヴォーの画家】:アルフォンス・ミュシャでした。
『イケてる男女の飲み物』だと
▼シャンパンを宣伝するポスター▼



というわけで!!
画家アルフォンス・ミュシャは!!!

ういうい!!!

アール・ヌーヴォーの時代に、
アール・ヌーヴォーの画風を用いて、

ポスター作家という形で、
『アートの民主化』に貢献した人物なのでした~!!

良くも悪くも、
『ミュシャのイメージ』が変わりましたわ!!
まさしく
\ ミュシャのイメージ /




ちなみにミュシャは、
ウィリアム・モリスの賛同者なので、

ポスター作り以外でも、
『アートの民主化』のために積極的に活動してたんだけど。

ふむふむ?

あるとき、
一世一代で作った大作アートの展示を、

民主化のために入場無料にして、
奥様に怒られたエピソードも残ってますよ。

ちゃんと相談しような。
▼参考エピソード▼

【60万人の記録的な入場者】
”展覧会は本来は有料であったが、「芸術は万人のもの」をモットーとするミュシャは、彼の懐に入るはずの莫大な収益を無視して入場無料とし、そのため妻との間にひと悶着あったという。”
※※※
引用元
【もっと知りたい ミュシャ】
『ミュシャとアメリカ』
p69より
▼ミュシャの作品▼

いわゆる
▼『ミュシャ風』▼

▼ミュシャの作品▼

いわゆる
▼『ミュシャ風』▼

▼ミュシャの作品▼

いわゆる
▼『ミュシャ風』▼

▼参考文献▼






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『ミュシャ好き』の友達がいるんだけど。
……ミュシャって誰?